ふくだぶろーぐ

福田知弘の公式ブログです。

2005-01-01から1年間の記事一覧

はくばのりくらでスキーを。

年末、白馬乗鞍へスキーに行きました。 2004年年末は、雪なし状態でスキーは栂池に行きました。おまけにインフルエンザにかかる始末。 一方今回は、88年ぶりの大雪。既に積雪が2mを超えていました。毎日新雪でしたが、動いているリフトが少なかったのが少々…

山座同定。

2005年3月、白馬乗鞍へスキーに行った時の写真です。天気が良かったので、一番南側の若栗ゲレンデ・アルプス第3高速リフトを上った所からパノラマ撮影。 向こうに見えているスキー場は、栂池・岩岳・八方尾根です。写真は小さいので良く見えませんが、肉眼で…

大学同期で忘年会。

先日、大学同期で忘年会を開催しました。 卒業以来10年程続いており、今や季節の風物詩。持続可能的な会です。忘年会といっても、数年前からは昼間から始めて、参加者個人の発表による、今年一年を振り返る近況報告会をして、情報交換を行っています。かなり…

日本一の初詣客。

クリスマスですが初詣のお話。 初詣客日本一といえば、明治神宮。2002年度は315万人。1920年(大正9年)、明治天皇と昭憲皇太后をまつるために建立された。 最寄の原宿駅の開業は、1906年(明治39年)だから、原宿駅の方が少し古い。「神社」よりも「鉄道」の…

皇居東庭の舗装材は?

先回ご紹介した、一般参賀会場・皇居東庭の舗装に使われている石についてご存知だろうか。高松市由良町で採石される、由良石である。 東庭は昭和42年に完成。500×1500(mm)サイズの整形された大判ものを3万枚使用している。 由良石は赤色と青色があるが、東庭…

新年一般参賀。

2年前の東京赴任中時代のお話。 正月は実家に帰らず、東京らしい正月イベントに参加した。新年一般参賀。1月2日に行われる。 皇居正門(二重橋)から参入し、宮殿東庭の参賀会場を経て、坂下門、桔梗門、乾門のいずれか退出する。 両陛下はじめ皇族方のお出…

福岡ドーム。

福岡ドーム。ドーム球場としては、東京ドームに次いで2番目に完成。またアジアで始めての、開閉式ドーム球場。 現在は、パシフィックリーグ・福岡ソフトバンクホークスの本拠地。屋根は3枚で構成されており、うち2枚が左右に120度回転することにより、約20分…

都心にそびえる山。

アクロス福岡。エミリオ・アンバ−スの初案をベースに、天神中央公園との植栽帯の連続性を重視し、都心にありがちな建物周辺の平面的植栽ではなく、公園からの景観を“山のイメ−ジ”に演出する為に階段状の屋上庭園としている。 建物の高さは60mあり、階段を上…

別府の展望台。

ビーコンプラザ。設計:磯崎新/磯崎新アトリエ(1995)。 大分県立別府コンベンションセンター、別府市市民ホール、そしてこの展望施設「グローバルタワー」からなる。■高さ125m。別府公園の中央部の海抜0m地点を中心として直径1kmの巨大な球を描いたとき、そ…

別府駅前にある温泉。

駅前高等温泉。 文字通り、別府駅前通りに面した大正洋館風のレトロな建物。 二階は宿泊可能。個室2500円、大広間1500円と良心的。別府八湯絵図

竹瓦温泉と別府観光の父。

市営竹瓦温泉。別府のシンボルともいえる。 格式高い外観。入母屋造りと寄せ棟造りの変化に富んだ母屋の屋根と、玄関にかけられた唐破風造りの屋根とが、さまざまな表情を演出している。別府が国際観光都市として有名になったのは、「別府観光の父」と呼ばれ…

別府の湯煙。

大分県別府市。別府8湯は古くから有名。 最近は韓国などアジアからの観光客も多いとか。■平成13年にNHKが募集した「21世紀に残したい日本の風景」で、別府の湯けむりが富士山に次いで2位に選ばれている。写真は貴船城より。 ■同じく貴船城より、高崎山と市街…

九十九島風景。

引き続き、九十九島の綺麗な写真を何枚か掲載しますね。 一番下の写真の風力発電は、2月28日に稼動を開始した「長崎鹿町ウィンドファーム」。1,000kM/基級が15基。8,000世帯もの電力を賄うことができるそうです。 http://www.jpower.co.jp/news_release/news…

島の定義って?

九十九島は長崎県佐世保港より北側25km、平戸瀬戸まで連なる島々のことです。 島が99個ある訳ではなく、実際には208個あります。「九十九」は多いという意味ですね。このエリアは、日本本土最西端の海の国立公園「西海国立公園」に指定されています。遊覧船…

かつては海外との玄関。

大航海時代の城下町平戸。昔より中国大陸や朝鮮との交流の要地。その昔は神功皇后の三韓の役、遣隋使や遣唐使も平戸から出発している。 1550年に、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルが、最初の到着地鹿児島の次に訪れたのが平戸でした。それ以…

日本三大夜景のひとつ。

長崎といえば夜景。私自身、長崎は中学校の修学旅行以来。既に20年近く経過。当時の記憶は写真に残っている所位しか思い出せません。しかし、写真で見たところは記憶が思い出せるということは、画像はやはり重要な記憶ツールということですね。これからも沢…

ホンシャン銀行。

香港上海銀行長崎支店(1904)。重要文化財(1990) ここから航路で、上海と繋がっていたと思うととてもロマンチックです。 下田菊太郎の設計で3階建。 1階を連続アーチのアーケード、2・3階にコリント式の円柱を通している。 香港上海銀行長崎支店閉鎖の後…

街角の風景。

長崎の街角で見つけた風景。 ■大浦天主堂に向かう坂の途中のお店:猫や梟の置物が沢山。ディスプレイもきれいでした。店のおばちゃんにはちゃんと撮影許可をとりました。最近店内を無断で撮影する人が多いとのこと。 ■日本で最初のアスファルト道路とテニス…

水辺の森。

長崎水辺の森公園。(約6.5ha) このような公園が整備されていることは知らずに立ち寄りました。中々素敵なデザインだなと思っていたら、2004年度グッドデザイン金賞を受賞されていました。 http://www.ugtk.jp/news041004.html http://www.japan-architects…

グラバーの家。

長崎グラバー園。旧グラバー住宅をはじめとして沢山の洋館が公開されています。 トーマス・グラバー(スコットランド)が1863年に自邸を建設。開港と同時でした。幕末の激動の最中、坂本龍馬や伊藤博文などに多大な援助を行っています。非常に見晴らしの良い…

樹氷をイメージしたクリスマスツリー。

まちあるきで見つけた、神戸ハーバーランド周辺の夜景。■樹氷をイメージしたクリスマスツリー。 ハーバーランドキャナルガーデン。毎年恒例らしいが始めて見た。 高さは21.5mで約40,000球のLED(Light Emitting Diode:発光ダイオード)で樹氷のように輝く。 …

神戸は夕景も中々。

11月3日、神戸の夜景をまちあるきしました。 情報縁という言葉がありますが、まちあるきという同じ目的で縁の出来た人たち30名程で一緒に歩きました。 年齢層もばらばらで歩く途中のおしゃべりは中々楽しく、歩いた後は皆で達成感を味わいました。 神戸市役…

こうべの中庭。

タイトルは少々大げさかも知れないが、意外なところに気持ちのよい中庭があった。 シンガポールのラッフルズホテルのような雰囲気がちらり。 実は神戸税関。市役所のすぐ南。展示室や喫茶室もあり、一般見学が可能。すぐ隣には阪神高速道路が通っているが、…

3000アクセス突破!

14日、3000アクセスを突破しました。 いつもアクセスありがとうございます。大体1.5日に一度位のペースで、最新の情報とYahooブログでの記事転載を織り交ぜながら紹介をしています。今でもYahooブログの方はチェックしていますが、Yahooの方は今尚50~60アク…

明恵上人のお寺、そして稲むらの火の舞台。

■施無畏寺奥の院から湯浅湾を見る 施無畏寺(せむいじ)は明恵上人(みょうえしょうにん)開基の寺、そして桜の名所として有名。 明恵上人は鳥獣人物戯画を所有する世界遺産高山寺を開いた。また法然、親鸞、道元、日蓮らと同じ鎌倉時代に活躍した僧でありな…

湯浅夜景。

10月末、3Dファン倶楽部セミナーのため、湯浅町を訪れました。 倶楽部のスタッフと役場の方のご配慮により、様々なイベントが用意されていました。 夜景の様子です。■北町夜景 先回紹介した「辻行燈&せいろミュージアム」の一環で、普段から軒下の行燈に火…

インフルエンザ予防。

今年は既に10月に、インフルエンザの予防接種を受けました。昨年は予防接種を受けようと気づいた丁度今時分にはワクチンがなく、「これまで懸かったこともないので大丈夫か」と思い込んだことが災いしたのか、年末のスキーで懸かってしまい、お正月を寝床で…

湯浅のまちなか。

湯浅町のまちなか風景。■辻行燈&せいろミュージアム これは、昔の面影が残る町並みそのものを美術館に見たて、辻行燈(甚風呂の写真参照)を置き、昔の蒸し器である「せいろ」を家々の連子格子に取り付け、中に湯浅町にゆかりのある先人の歌詩や古道具・古…

The Birthplace of Soy Sauce。

醤油発祥の地、和歌山県湯浅町。 世界遺産熊野古道が唯一まちなかを通ることでも知られ、金山寺味噌や蜜柑、そして魚釣りのメッカとしても有名。この町は高度経済成長の影響を受けなかったこともあり、自然や、建造後200〜300年経過した古い商家や民家などの…

久しぶりに釣りを。

女木島では知り合いの民宿に突然押しかけたので、ご飯がなくて自分たちの夕食を得るために釣りをすることになりました。小学校の頃は3ヶ月に一度程度、明石フェリーで淡路島へ投げ釣りに、そして普段の日曜日は習字が終る夕方頃から近くの防波堤でサビキ釣り…