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建築業界のテレワークの在り方について

一般社団法人 大阪府建築士事務所協会誌「まちなみ」2020年10月号に、「建築業界のテレワークの在り方について」と題して身の回りの動きから見えてくるものを中心に、特別寄稿させて頂きました。

必要最低限の道具へ

新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、依然、様々な制約を受けている。但し、新型コロナの影響が出始めた頃と比べると、時が経ち経験を積んできているから、実施できそうなことと避けるべきことは少しずつ共有できている。

ウェブ会議システムを用いたオンライン会議・セミナーは、仲間内での会合ならまだしも、重要な顧客相手や、不特定多数を集めるイベントでは試行錯誤が続く。参加者は少人数だから感染症対策を講じた上で対面型会議を企てたとしても、相手がウェブ会議を望めば、調整のやり直しである。なので、ウェブ会議は必要最低限の道具となりつつある。現状、有線LANでインターネットに接続し、Zoomの最新バージョンをインストールすれば安定した接続は可能である。

ハイブリッド型の試行

一方、対面型(現実世界、実物も含む)とオンライン(仮想世界、デジタルデータも含む)を両立させたいというニーズが高まっている。ハイブリッドやブレンドと呼ばれる方式である。

オンライン会議・セミナーでは、発表者が提供する情報は対面型と変わりなく得られる。情報共有する媒体が、言葉、文字、画像、ビデオなどであれば、オンラインの方がスライドは見やすく、チャット機能を使えば質疑もしやすいという声を聞く。

一方、参加者同士の交流は限界を感じる。「実は、・・・」と議論を深堀したり、イベントの参加者同士が新たに出会ったり、思い出に残る場としてはまだ弱い。

そのため、感染症対策を講じた上で対面型とオンライン両方の参加を含むハイブリッド型の試行がはじまっている。筆者も先日、ハイブリッド型セミナーにスタッフとして参加したが、対面型の良さを改めて感じた。

上述の会議の進め方に限らず、建築分野は、実物の建築を作る行為であるから、デジタル化、ロボット化が進むとはいえ、現場は付きものである。現在、現場で行われている確認作業や検査が、今後、デジタル化が進んだり、非接触型に置き換わっていく可能性は大いにある。それでも、現実の空間で、ソーシャルディスタンスを確保しながら、作業を進める必要はあるし、現実世界の魅力は捨てられない。

ハイブリッド化を実現するにあたり、建築分野の専門家に期待される点として、音の扱いがある。ハイブリッド会議を通常の会議室で開催した場合、音響システム側、空間側での対策がそれぞれ不十分で、ハウリングやエコーは起こりやすい。聞き取りづらく、不快である。

音響システム側では、エコーキャンセル、ノイズキャンセルが、空間側では、吸音対策や音声明瞭度の検討などが、より必要になってくるのではないだろうか。

オンラインBIM演習

大阪大学では既に、2019年4月入学生より、個人用ノートPCを必携としている。筆者自身、学生には自分のPCで学ぶ範囲を拡げていただきたいことから、昨年度、学部2年生の演習で、ゲームエンジンUnityを個人用ノートPCにインストールしてもらいVRアプリを開発した。

今年度は、学部2年生に対して、個人用ノートPCにRevitをインストールしてもらい、BIM演習をフルオンラインで実施した。準備段階には、生協で販売しているノートPCのスペックを調べて、Revitがインストール可能であることを確認し、MacユーザーへはBoot Campの方法を伝えた。数年前から、BIM演習のチュートリアルを自作HPに掲載していたこともあり、準備時間はそれほどかからずに済んだ。

一方、図面を小さなディスプレイで眺めながらの設計作業は肩が凝る。一度に表示したい情報量も多いため複数のディスプレイで作業したい。

PCはテレビとつなげることができること、そして、大型ディスプレイの低価格化が物凄く進んでいることは、意外と知られていない。前者は、HDMIケーブルがあればPCとテレビ(2台目のディスプレイやプロジェクターなども)を接続できる。後者は、50インチテレビが出始めた10数年前は50万円を優に超えていたが、現在は10万円をはるかに下回っている。高解像度化が進み、BIM/CADで描く細い線も読み取れる。

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図1 MRを用いた実物のリモート共有と操作(作成:M2 石川大地)

MRを用いた実物のリモート共有と操作

3次元仮想モデルをウェブ会議で共有することは可能になった。一方、模型のような実物体は共有できるのか。実物体をBIM/CADで3次元仮想モデルとして作成しようとすると、モデルの作成に一定の時間を要してしまう。また、実物体に何らかの変更を加えた場合、その変更内容を遠隔の参加者が3次元仮想モデルとして共有できない。

レーザースキャナやRGB-Dカメラを用いることにより、表面のみであるが実物体の3次元仮想モデルを点群として作成できる。RGB-Dカメラを使用すれば、取得範囲は限られるものの、点群データを高速に取得でき、遠隔に伝送することで、実物体の3次元仮想モデルをリアルタイムで共有できる。遠隔にいる参加者は、MR-HMD(複合現実用ヘッドマウントディスプレイである、マイクロソフトHoloLens)を装着して、実物体の像を眺めたり、操作できる。
 
筆者の研究室ではこのシステム開発を2017年から続けている。これまでに、RGB-Dカメラで取得した点群を距離に応じてオブジェクト毎に分割したり、遠隔にいる複数の参加者が実物体の3次元仮想モデルを操作できる(図1)。今後はインターネットへの対応や、オブジェクトの分割法の検討が必要である。

先進テクノロジーのハイプ・サイクル

ガートナー社は、先進テクノロジーのハイプ・サイクルを毎年発表している。新技術は登場時、盛んに紹介され(黎明期)、続いて、その可能性や将来性がもてはやされ(流行期)、やがて、過度な期待のピークがあって、却って幻滅を招いてしまう(幻滅期)。その後、流行は過ぎ去るかもしれないが、啓蒙活動する人々やビジネス化を図る動きがみられ(啓蒙活動期)、みんなが一般的に使うようになる(生産性の安定期)。

新型コロナ前、2019年に発表されたハイプ・サイクルでは、黎明期の技術として、イマーシブ・ワークスペースがアップされた。イマーシブは「没入型の」という意味であり、実際の仕事の現場をデジタル技術でもっと豊かなものにしていく技術が、これから伸びていくのではないかと考えられた。一年が経ち、新型コロナの影響下である2020年夏、イマーシブ・ワークスペースという用語はなくなり、ソーシャル・ディスタンシング・テクノロジーが初アップされるといきなり「過度な期待のピーク」に位置づけられた。

来年、この用語がどのように扱われているかは楽しみであるが、上に述べた、ハイブリッド型の試行は続いていくのではないだろうか。環境の変化に対応していくためには、少しずつ試しながら感触をつかんでおくことが大切である。

(一般社団法人 大阪府建築士事務所協会 「まちなみ」2020年10月号特別寄稿)