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都市とITとが出合うところ 第6回 菅浦

大阪府建築士事務所協会誌「まちなみ」で連載中の「都市とITとが出合うところ」第6回。今回は、湖北で水上タクシーに乗せてもらい菅浦へ。ITについては、地域の資源・課題を収集・共有する仕組みを。どうぞお楽しみください。

PDF: http://y-f-lab.jp/fukudablog/files/1409machinami_FukudaFinal.pdf

都市とITとが出合うところ 第6回 菅浦

高月へ

「たかつきーたかつきー」早朝、大阪から電車に揺られて来たのでついウトウト。冒頭のアナウンスを聞いた途端、大阪の高槻駅まで連れ戻されてしまったのかと、ハッと目が覚めた。実は車掌さんが案内した駅は、滋賀県高月駅であるが、高槻駅とはイントネーションが全く同じだった。

高月駅でレンタサイクルを借りる。この辺りは観音の里で知られる。高月町内21集落に26体もの観音菩薩があるらしい。姉川の戦い小谷城の戦い、賤ヶ岳の戦いなど戦国時代の舞台となり、村や寺院は焼打ちにあってきた地域。村人たちは仏像を田畑や川に隠すなどして、守ってきたといわれる。

渡岸寺観音堂向源寺)を訪ねた。国宝・十一面観音立像は本堂脇の別堂に安置されており、日本全国に7体ある国宝十一面観音の中でも最も美しいとされる。堂内に入ると身の引き締まる想い。観音像は、檜材の一木彫であり、作成された平安時代の日本人とは思えない、インド人や西洋人を思わせる官能的なプロポーションである。観音像の背後も鑑賞できるように展示が工夫されており、ぐるりぐるりと何周もしながら見入ってしまった。

青の洞門
西へ向かう。田植えが終わ り、麦が収穫の時期を迎え、緑色と金色が織りなす田園風景が広がる。正面に賤ヶ岳から山本山へ続く連山が琵琶湖沿いに立ちふさがっており、さながら三方を 山に囲まれた盆地の風景である。このような地形であるから、この地域は余呉川が氾濫した際に水没を繰り返していた。これを解決するには、連山のどこかを掘 りぬいて琵琶湖に水を抜くしかない。江戸末期、西野集落の充満寺住職・恵荘師は6年かけて、長さ220m、幅1.2m、高さ2mの隧道(西野水道)を手掘 りで貫通させた。第二次大戦後、二代目(長さ245m、幅4.5m、高さ4m)そして現役の三代目(長さ252m、幅10.3m、高さ10.3m)が完成 した。今では近江の「青の洞門」といわれ、御役御免となった初代と二代目は歩いて琵琶湖に辿り着ける(図1)。トンネル内部は真っ暗であり、闇を通り抜け ると琵琶湖が広がり、大勢の釣り人が来られていた。雨後に訪問したため初代の隧道に入るのをためらってしまったが、内部へはヘルメットと長靴の着用が必要 である。

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図1 西野水道

湖上タクシー
尾上港へ。ここからは湖上タクシーに自転車と共に乗せてもらい、菅浦へ渡る(図2)。湖上タクシーは、北びわこ湖上タクシー研究会が運営している。当日は竹生島に大勢の子供たちを運ぶ合間を縫って、乗せてもらえた。港外へ走り出すとエリ漁が見えてきた。そして竹生島と葛籠尾崎がどんどん近づいてくる。竹生島は見る角度によって島影は変わっていく。葛籠尾崎は断崖絶壁であり湖岸に道路は付いていない。葛籠尾崎を回ると菅浦の集落が見えてきた(図3)。意外に近い。出港時は曇っており風もあったが、葛籠尾崎を回るころからは晴れて風も止んできた。西方面には海津大崎や高島の安曇川扇状地が顔を覗かせており、遠くに行けばいくほど空と溶け合う。

尾上港から菅浦港までほぼ30分。湖上タクシーは、筆者と自転車を降ろすと狭い港内を器用にUターンして、尾上港方面に戻っていった。

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図2 湖上タクシー

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図3 菅浦全景

菅浦
白洲正子はこの辺りについて「海津、大崎、大浦、と竹生島は次第に近づき、この辺へ来ると人影もまれで、湖北の中の湖北といった感じがする」と紹介している[1]。菅浦は背後を標高約400mの山々に囲繞された、狭隘な扇状地に位置している。気候は、北側が山地、南側が琵琶湖であり、比較的穏やかで、柑橘類の栽培もおこなわれている。

割烹「佐吉」で昼食を。お造り定食を注文したら、何と天然物のビワマスのお造りが出てきた。ビワマスは水深が深い長浜を中心とした北湖に多く棲んでおり、「幻の魚」「淡海の宝石」と言われる琵琶湖の固有種。美味。デザートにフルーツのビワが出てきたのは、集落で栽培されているとはいえ、ちょっとした洒落であろうか。

天皇を祀った須賀神社。長い参道の階段を上り、手水舎に着く。ここから先は土足厳禁であり、裸足で参拝するしきたりが継承されている(現在はスリッパが用意されている)。菅浦は中世の惣村であり、集落の東西端には「四足門」と呼ばれる草ぶきの古い門が今も残る。かつては、村の出入りの検察が行われていたようである。琵琶湖に面した湾沿いには防波堤としての古い石垣が築かれており、手入れされている花や緑、家屋の風景と調和している(図4)。

丁度この原稿を書いている時、菅浦の湖岸集落景観は重要文化的景観に選定するよう文部科学省に答申された。

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図4 菅浦集落

大浦
菅浦から大浦へは湖岸沿いにつづら折れの道が続く。かつて菅浦の子供たちはこの道を歩き、途中渡し舟に乗って大浦の学校まで通ったそうである。湖岸の自然の植生から垣間見える群青色の澄んだ湖。「北欧のフィヨルド」と呼ばれる所以である(図5)。

奥琵琶湖は、かつて、北陸と京都・大阪とを結ぶ交通の要衝であり、大浦・菅浦・塩津の三つの港を有していた。その湖上輸送の主役だった丸子船。丸太を二つ割りにした丸太を胴の両側に付けた意匠が特徴的。北淡海・丸子船の館には、全長17mの現存する丸子船2隻のうちの1隻が実物展示されている。

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図5 奥琵琶湖

地域の資源・課題を収集・共有する仕組み
現地を歩いていると、案内標識が混在・不足している、歩道が十分に整備されておらず危険だ、違法駐輪や落書きが多い、お勧めの花見スポットがあったなど、様々な発見がある。現地でそれらの情報を発見する人、すなわちエンドユーザにとって、既に知っていた情報もあれば、知らなかった情報もある(既知⇔未知)。また、エンドユーザにとって評価が高い発見情報もあれば、評価が低い発見情報もある(高評価⇔低評価)。これら2つの軸の交差によって得られる4つの領域は、それぞれ、1)確認(既知∧高評価)、2)発見(未知∧高評価)、3)失望(既知∧低評価)、4)嫌悪(未知∧低評価)と定義できる。「確認」領域は最も好ましい状態であるといえるので、「発見」領域は認知度を高めることで「確認」領域へ、「失望」領域は改善することで「確認」領域へ、「嫌悪」領域は改善し認知度を高めることで「確認」領域へ近づけることが可能となる。そのためには、まずは現地に散在している地域の資源や課題を収集し、より多くの人々が共有し、解決していくための仕組みづくりが求められる。そこでITの出番である。

上記のような課題意識の下、筆者らは、以前、まち歩き活動を対象として、収集システムと共有システムから成る観光マネジメント支援システムを開発した[2]。収集システムは、エンドユーザが地域の魅力や課題を発見した際に、GPS機能付き携帯端末を用いて写真を撮影する。GPSにより現在位置を付加した画像をアップロードすると、その画像に対する評価フォームが画面に表示され、エンドユーザが評価を入力する、という仕組みである。アップロードされた画像情報、位置情報、評価情報はサーバに蓄積されていく。共有システムは、収集システムにより蓄積された情報を、Google Map等のデジタル地図に表示させる。地図上には、位置情報を基にアイコンマーカーが表示され、マーカーをクリックすると画像と評価が表示されるという仕組みである(図6)。開発したシステムは、大阪市近江八幡市でのまち歩き社会実験を通じてその有効性を検証してきた。尚、筆者らの研究を実施した頃はいわゆるガラケースマートフォンが登場する前の普通の携帯電話)を使用していたが、現状ではスマートフォンタブレットでより容易に実践が可能であると思われる。類似の実施例として、大阪市は現場で日々発生している地域の課題や資源の共有のため、「マイコミおおさか」の実証実験を今年度実施している[3]。是非お試しを。

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図6 情報共有システム

ルートと参考文献
高月駅@@<レンタサイクル>@@【渡岸寺観音堂】@@【西野水道】@@【尾上漁港】~~<湖上タクシー>~~【菅浦漁港】@@【菅浦集落】@@<レンタサイクル>@@【大浦港】@@【丸子舟の館】@@永原駅(29.0km)

[1] 白洲正子,かくれ里,新潮社
[2] 福田知弘, 吉川泰代, 矢吹信喜:旅行者発信情報を収集可能な観光マネジメント支援システムの開発, 日本建築学会環境系論文集, 第76巻, 第662号, pp.449-458, 2011.4.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aije/76/662/76_662_449/_pdf
[3] 大阪市「マイコミおおさか」の実証実験(トライアル)を行いますhttp://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000261221.html

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大阪府建築士事務所協会誌「まちなみ」9月号)