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都市とITとが出合うところ 第27回 室内温熱環境設計フィードバックのためのCFDとVRの統合

「都市とITとが出合うところ」第27回。今回より3回に渡って、CAADRIA2016で発表した論文の内容をご紹介します。

PDF: http://y-f-lab.jp/fukudablog/files/1606machinami_FukudaFinal.pdf

CAADRIA2016

本年3月末から4月初旬にかけて、CAADRIA2016(The 21th International Conference on Computer Aided Architectural Design Research In Asia)がオーストラリア・メルボルン大学(The University of Melbourne)で開催された。CAADRIAは、デジタル建築・都市設計技術に関する国際学会である(まちなみ2015年11月号)。CAADRIA2016で筆者らのグループは3編の査読付き研究論文を発表した。3回に渡って紹介したい。

今回は「Integrating CFD and VR for Indoor Thermal Environment Design Feedback;室内温熱環境設計フィードバックのためのCFDとVRの統合」について[1]

 

背景と目的

地球温暖化への配慮、省エネルギー性能や生活の質の向上などを背景に、温熱環境の設計は建築物にとってより重要になりつつある。施主が求める意匠設計、ならびに、快適性と省エネルギー性が両立する高性能な建築物が求められている。

設計案の温熱環境を初期段階から詳細に評価することが可能な手法として、CFD(Computational Fluid Dynamics)解析が利用されている。CFD解析を行うことで、設備設計者の経験やメーカのカタログ値に基づいて評価されていた熱環境を、客観的に評価することが可能となる。これにより、ステークホルダーが設計案の性能を共有しながら設計検討を進めることが可能となり、設計性能の向上と施工後の変更の削減が期待される。しかし、現状の設計プロセスでCFD解析を十分に活用するためには、幾つかの課題が残る。

まず、CFD解析設定の複雑さである。CFD解析を行うための条件設定は複雑で、実務設計者の多くはCFD解析を実施する際、専門の担当者やコンサルタントに解析を依頼する。そのため、実務設計者は即座に解析結果を得ることができず、対話的な設計検討が実現できているとはいいがたい。

次に、解析結果の可視化に関する課題である。既存の多くの商用CFD解析ソフトでは、解析対象の建物は概形形状で表示される。そのため、発注者やその他の専門設計者が解析結果を確認する際に、完成後の建物内を具体的に想像しながら解析結果を理解することは難しく、限られた時間の中で十分な検討を行うことは困難である。

そこで本研究は、CFDとVR(Virtual Reality)を統合した温熱環境設計システムを開発し、日常的に温熱環境設計に従事していないユーザでも、解析結果を迅速に把握し、必要に応じて設計案にフィードバックすることができる設計プロセスの実現を目標とした。

 

CFDとVRを統合した温熱環境設計システム

本研究で提案するCFDとVRを統合した温熱環境設計システムは、VR仮想空間内においてCFD解析結果の可視化と新規設計案の解析実行を行う。システムの処理は、1)メッシュ生成と境界条件の定義、2)計算処理、3)可視化処理、4)設計案の比較とフィードバックの4つのプロセスで構成される(図1)。

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図1 CFD とVR を統合した温熱環境設計システム概要

  • メッシュ生成では、3D-CADやBIMソフトで作成した建物モデルを入力データとして、非構造格子のボリュームメッシュを生成する。境界条件はマニュアル操作で定義した。
  • 計算処理では、計算時間の短縮を図るためにGPGPU(General-purpose computing on Graphics Processing Units;GPUによる汎用計算)を利用し、定常状態の熱流体解析を行う。
  • 可視化処理では、フォトリアリスティックに内観表現がなされた建物空間にCFD解析結果の可視化を行う。温度の分布は、カラーマップを持つ平面と空間中の点による3次元表現で、気流性状はベクトルに応じて色と向きの変化する矢印と流線により表現した(図2)。空間の広がりの認識と、3次元表現されたCFD解析結果の理解を容易にするため、HMD(Head Mounted Display;頭部装着ディスプレイ)を用いてVRを表示した。

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図2 CFD 解析結果のVR 表示例

設計の比較とフィードバックでは、構成の異なる複数の設計案を対象としたCFD解析結果を比較し、設計案の検討を行う。事前に解析の行われていなかった構成でも、必要に応じて解析を行うことが可能であり、対話的に設計検討を行うことが可能である。

 

検証実験

本研究で開発した温熱環境設計システムの検証として、既存建物(大阪大学 吹田キャンパス M3棟403号室)を対象としたプロトタイプを作成して、温熱環境の改善検討を実施した。BIMソフトはAutodesk Revit 2015、メッシュ生成ツールはsnappyHexMesh (ver.2.2)、CFDライブラリはOpenFOAM (ver.2.2)、VR開発環境はUnity 3D (ver.5.2)、HMDOculus Rift DK2を用いた。

まず、図面に基づいて作成したBIMモデルからメッシュを生成し、CFD解析を実施した。開発したシステムのCFD解析結果が実在の温熱環境を正しく予測・評価できることを確認するため、温度センサを用いた空気温度の実測値とCFD解析結果を比較し、概ね精確な評価を行うことが可能であると確認した。

次に、改善検討では、VR仮想空間内に可視化されたCFD解析結果を観察分析し、改善を検討した後に新規構成を設定し、再度CFD解析を実施した。新規構成の設定では、窓の種類を「金属サッシ・単盤ガラス」から「樹脂サッシ・複層ガラス」へと変更して部屋の断熱性能を向上させ、変更前と温熱環境を比較した(図3)。f:id:fukuda040416:20160531201929j:plain
図3 窓の種類の違いによる室内温熱環境の比較

結果、窓の種類の変更により、変更前に比べて、室内全体で気温が上昇することが確認された。また、実務設計者へのヒアリングを通してシステムの有用性の評価を行った(図4)。

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図4 
実務設計者による評価

 

結論

本研究は、十分な設計検討に基づく建物性能の向上と確かな合意形成の成立を目指して、ステークホルダー間の対話的な検討を可能とする設計支援システムを開発した。また開発したシステムを用いて改善検討のケースステディを実施した。本研究で得られた結論は以下の通りである。

  • CFDとVRを統合し、CFD解析結果の可視化と一部構成変更によるパラメータスタディをシームレスに実行することを可能とする温熱環境設計システムを開発した。
  • 開発したシステムによる熱環境解析の精度検証を行い、概ね精確な温熱環境評価を行うことが可能であると確認した。
  • 開発したシステムを用いて温熱環境の改善検討を実施することで、設計案の容易な理解と分析に基づいた改善案の迅速な評価を行うことが可能であり、温熱環境の設計検討に有効であることを確認した。
  • 実務設計者へのヒアリング調査を通して提案する設計プロセスの評価を行い、対話性の向上により設計案の理解が深まることで、発注者の設計検討への積極的な参加の誘発や施工後のクレームの削減が期待できるとの評価を得た。

今後の課題は、多様なケースを対象として設計検討を実施して有用性の検証を行うこと、BIMモデルとの連携を強化して検討による変更結果をBIMモデルにフィードバック可能とする必要があることなどが挙げられる。

 

参考文献

[1] HOSOKAWA, Masahiro, FUKUDA, Tomohiro, YABUKI, Nobuyoshi, MICHIKAWA, Takashi and MOTAMEDI, Ali: INTEGRATING CFD AND VR FOR INDOOR THERMAL ENVIRONMENT DESIGN FEEDBACK, Proceedings of the 21th International Conference on Computer-Aided Architectural Design Research in Asia (CAADRIA 2016), 663-672, 2016.4.

大阪府建築士事務所協会「まちなみ」2016年6月号)