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都市とITとが出合うところ 第32回 香港中文大学 国際研修プログラム(3)

ISP@大阪: 後半

香港中文大学 中國城市住宅研究中心が企画するInternational Study Programmes(ISP: 国際研修プログラム)の一環で、今年5月、香港の教員・学生たちが大阪に1週間ほど滞在された、ISP@大阪。本稿では、後半のハイライトをご紹介しよう。

 

ものづくり: 太陽工業 枚方工場(2016/5/20-21)

太陽工業(株)は、大型膜面構造物(テント構造物)のメーカー。今回訪問した枚方工場は、大阪万博を機に開設され、アメリカ館など過去に類を見ないテント構造物の誕生に貢献した。東京ドームの大屋根、膜天井など、膜素材の透光性や軽量性を活かした製品を開発している。

ISP@大阪では、何と、工場に宿泊させて頂くことになった。そのため、参加する学生たちに、「Make Our Own Pavilion Project」と題して、3時間で制作可能なパビリオンのコンペを実施した。自分で自分の寝床をメンバーのことも考えながらデザインするのである。結果、香港と日本から計2案のデザインが提案され、実現性などを考慮して最終案が決まった。パビリオンは工場内に設置するもので、形状は四角錐であり、屋根面を三角形に裁断し、両端を縫製し、4枚をグルリとつなぎ合わせ、天井から吊るし、底の四隅を引っ張る構造である(図1)。研修本番では、膜素材の裁断、縫製、そして、設営をプロに教えてもらいながら行った。パビリオンを吊るす作業の途中で(図2上)、テントの入り口を裁断し忘れたことに気づき、学生たちが、形と大きさを膜素材に直にスケッチすることなど、現場研修ならではであった(図2中)。

夕方には、ペアインタビューを実施した。これは、太陽工業の社員さんとISP@大阪の学生たちが2人1組となり、自己紹介したり、相手方の仕事や研究内容のインタビューを英語で行うもの。夜のバーベキューパーティでは、それぞれのペアが登壇して、相手方を他己紹介した。私も参加させて頂いたが、相手方となったベテラン社員さんは、東京ドームの大屋根プロジェクトを製品開発から現場施工まで携わられた方であり、興味深いお話であった。

工場近くの銭湯に入った後(これもメンバーに好評であった)、就寝して、翌日はいよいよMAKTANK ワークショップ。MAKTANKとは、役割を終えた膜素材を手入れし、世界で一つしかないカバンとして蘇生させようという、リサイクル・プロジェクト。9種類のバッグのテンプレートから一つを選び、そのテンプレートに見合った膜素材を調達する。一口に膜素材といっても、材質、手触り、模様、色など多種多様である。膜素材を調達したら、テンプレートに合わせて裁断する。ワークショップはここまでであり、縫製はプロの方にお願いした(図2下)。

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図1 太陽工業ワークショップ(完成したパビリオン)

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図2 太陽工業ワークショップ(上: 吊り作業中;中:入口の現場デザイン;下: 完成したMAKTANK)

 

景観まちづくり:永楽荘桜自治会(2016/5/21)

MAKTANKワークショップを終えて、路線バスと電車で枚方から豊中へ。桜自治会は、低層戸建住宅が建ち並ぶ良好な住宅環境を保全するため、継続的なコミュニティ活動(夏祭り、もちつき大会、自治会バザー、古紙等集団回収、清掃活動など)に加えて、土地利用のルール作りを長年にわたり行われてきた。ISP@大阪のメンバーにとって、住宅地に足を運び、地元住民の話の聞く機会は中々ないと考えて、企画した。当日は、藤井自治会長をはじめとする自治会メンバーと豊中市役所の方々に出席して頂いた。

1996年に自治会で作られた景観形成協定では、建物用途、敷地面積、建物高さ、建物意匠、敷際の演出、広告物、迷惑駐車防止、ごみ置き場清掃、そして、住区のシンボルである桜並木の保護について取り決められてきた。そして、景観形成協定の有効期限となる2016年が近づいてきた2012年頃より、今後の運用方針について、自治会で議論と周知が重ねられ、土地建物所有者に対するアンケート調査がなされてきた。

結果、建物用途、敷地面積、建物高さについては8割の賛同が得られたため地区計画(案)として、建物意匠(建物の屋根・外壁や塀の色)については景観計画 都市景観形成推進地区(案)として、自治会より市に提出された。緑化、擁壁の配置については8割の賛同が得られなかったため景観形成ガイドラインで運用することとされた。2015年、豊中市は、自治会より提出された地区計画、都市景観形成推進地区を決定した。桜が咲き誇る時期に、また来たいものである(図3)。

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図3 永楽荘 桜自治会館

 

大阪のまち歩き:野田(5/22)

ISP@大阪で、大阪をじっくりと歩いてもらいたい。そんな想いを、NPO法人 もうひとつの旅クラブに相談したところ「香港には無さそうな大阪らしいテーマが良い。ネタがディープ過ぎると初めての方には面白いと思ってもらえないかもしれない。メンバーは建築や都市計画を志す学生たちも多いので、JR大阪駅からたった2駅なのに古い町並みが残って珍しい、野田が良いのでは?」というアイデアが出た。確かに、高層ビルが立ち並ぶ香港都心に、野田のような長屋と路地は見たことがない。日本のお地蔵さん文化を伝えるにも丁度いい。「ななとこまいり」を企画・運営されている野田まち物語さんに旅クラブから相談して頂き、野田まち歩きの企画が実現した。

「ななとこまいり」はお地蔵さんを七つお参りすると願い事が叶う、という野田に古くから伝わる幸せの言い伝え。集合したJR野田駅で各自お願いごとを用意してから出発。路地を歩きはじめると、長屋に早速出会う。岸田さんによる長屋の解説が始まる。端に近い長屋の入り口には赤いランプが付いている。「このランプの付いているお宅は何かわかりますか?」鈴木さんが尋ねる。こうして、野田のガイドツアーは進んでいった(図4)。

お地蔵さんの前に来ると、鈴木さんがツアーを代表してお賽銭を入れてお参りする。そして小話が始まる。例えば、玉河塩屋地蔵の脇には赤い消火器が置かれてあるが、この消火器は実はお賽銭入であることなど。

古い民家を改修してデイサービスに使われている、ななとこ庵に立ち寄り、野田の歴史とお地蔵さん文化についてお話を伺う。浪花屋本店では、ななとこまんじゅうの試食をさせて頂いた。

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図4 野田のまち歩き

 

おわりに

野田まち歩きの夜は、香港中文大学、阪大OB&現役、もうひとつの旅クラブ、野田まち物語などのコミュニティが、古民家カフェに集まって交流パーティが開かれた。その後、中之島公園へ。丁度、満月の夜。風も気持ちよく、大阪都心なのに静かで、気持ちのいい時を過ごすことができた。野田締めで、打ち上げた。

ISP@大阪の準備や実施にあたり、IT(Information Technology)の恩恵に預かったことは言うまでもない。まず、IT社会でなければ、ISPの依頼自体が来なかったであろう。であれば、今回のような新たな出会いや数多くの研修はできなかった。準備にあたっては、香港中文大学と大阪大学、各受入先と大阪大学とのコミュニケーション手段には、主にメールを用いたが、時には、Skypeで遠隔会議をしたり、SkypeFacebookメッセンジャーでチャットしながら、メールのやり取りでは困難な、細かなニュアンスを確認した。公共交通機関を使って旅程を組むために、乗換案内や路線図で、ルートと運賃を調査できた(特に、路線バスが調査できたことは役立った)。待ち合わせ場所を共有するために、地図や住所だけでは迷子になってしまうので、Google ストリートビューを活用した。作成したBookletや撮影した写真の共有は、オンラインストレージや写真共有サイトを活用した。英単語が思いつかない時や、英語ではなく漢字で伝えた方が効果的な場合には、Google 翻訳を活用した(日<->英、日<->中)。

スマホWi-Fiなどの発達により、出先のモバイル環境下においても、情報検索やメンバーとのコミュニケーションがかなり便利になったことを再認識した次第である。

 

謝辞

太陽工業(株)、永楽荘桜自治会、豊中市都市計画課、野田まち物語、NPO法人 もうひとつの旅クラブ、ご協力頂いた皆さまには大変お世話になりました。感謝申し上げます。

PDF:  http://y-f-lab.jp/fukudablog/files/1611machinami_FukudaFinal.pdf

大阪府建築士事務所協会「まちなみ」2016年11月号