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福田知弘(大阪大学 大学院工学研究科 環境・エネルギー工学専攻)のオフィシャルブログです。

都市とITとが出合うところ 第22回 CAADRIA2015×大邱(3)

こんにちは。2015年も残り僅かとなりましたね。連載している「都市とITとが出合うところ」第22回は5月に韓国・大邱で開催されたCAADRIA2015の最終回となります。

PDF: http://y-f-lab.jp/fukudablog/files/1601machinami_FukudaFinal.pdf

 

大邱(Daegu)

CAADRIA2015最終回は、開催地となった韓国・大邱、ポストカンファレンスツアーで訪問した慶州をご紹介しよう。

大邱広域市は、ソウル(仁川を含む)、釜山に次ぐ、韓国第3の都市。人口は250万人。釜山から北へ100kmの位置にあり、高速バスで1時間強である。周囲を高さ1000mの山々に囲まれた内陸に位置しているため、韓国で最も暑い都市のひとつである(図1)。大邱の名物は、リンゴ、美人が多いこと(歴代のミス・コリアは大邱出身者が多い)、歴代大統領は大邱出身者が多いこと、サムスン発祥の地であること。また、朝鮮戦争時にはベースキャンプ地となったため、大邱の街は壊されておらず、古い時代の街並みが残されている。

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図1 大邱市風景

カンファレンスが終了した午後、学会が企画した大邱建築ツアー(Daegu's Architecture Tour)に参加した。地元のメンバーが案内してくれるため、話が具体的で最近の話題も数多く興味深かった。実は、大邱と聞いて名所をすぐに思いつくことができなかったのだが、実際に訪問してみると建物リノベーションなどを通じて新たな機能を街に挿入し、都市の魅力アップを図ろうとする取り組みが窺えた。

  • 亀岩書院: 大邱の街なか、東山洞に残る古い路地を歩いていくと、亀岩書院の門に出会う。これは、達城・徐氏門中に属する書院で1665年に創建された。書院自体は現在、大邱の北部に移転しているが、この創建の地に景仰門、講堂、祭需庁といった歴史的な建物が残されている。中に入ると、大邱の街なかにあるとは思えない、ゆったりとした空気が流れている(図2)。

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図2 亀岩書院

  • 三星商会創業の地: 韓国最大の財閥、サムスングループは1938年に大邱で設立された。現在のサムスンは家電や電子部品などをはじめとしたグローバル企業であるが、当初は製麺、製粉を業としていたそうである。その創業の地が公園として整備されており、壁には当時の建物がレリーフとして表現されている(図3)。公園の近くにある、オートバイや電動工具屋がずらりと並ぶオートバイ通りを抜けると(図4)、サムソン創業者の家がある。

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図3 三星商会創業の地

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図4 オートバイ通り

  • 北城路: 北城路の辺りは大邱産業工具通りと呼ばれ、韓国の工具流通を支えてきた地。その歴史を伝えようと、1930年代に米倉庫として建てられていた和風建築を改装して、2013年に北城路工具博物館がオープンした。近くには、近代建物をリノベーションしたミックスカフェ(図5)。RC造と木造がつながった、不思議な空間。いずれも、昭和の懐かしい匂い。

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図5 北城路のカフェ

  • 大邱ハル: 韓日交流の拠点として2015年2月にオープンした、日本訪問者センター。様々な年代の古地図が2000冊余の日本語書籍と共に展示されている(図6)。

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図6 大邱ハル

  • 大邱近代歴史館: 朝鮮殖産銀行 大邱支店として1932年に完成した建物をリノベーションして、2011年にオープンした。銀行の近代建築らしく、堅牢でありながら優美さを感じさせる。日本統治時代の繁華街をバーチャル体験できるシアターが見もの。
  • 慶尚監営公園: 1601年、慶尚道の行政の中心地は、安東から大邸に移された。慶尚監営公園はその行政府があった地。宣化堂は慶尚道観察使の執務室だった建物。街なかの貴重なオープンスペースでもある(図7)。

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図7 慶尚監営公園

慶州

ポストカンファレンスツアーで慶州へ。日本の奈良と似ているといわれる歴史都市。人口は28万人。大邱から東へ50kmの位置にあり、バスで1時間ほどのところである。

「ポスト」カンファレンスツアーということであるが、このツアー中にもCAADRIAの将来運営のこと、研究発表についての質問、意見など「カンファレンス」に関する議論が続く。このツアーに参加するメンバーは、筆者も含めて、地元のメンバーが案内してくれるディープツアーへの期待と共に、国籍・年齢に関係なくCAADRIAをテーマに同じような関心を持つ仲間と交流できる期待があるようだ。

訪問は、釈迦の誕生日(旧暦4月8日とされる。2015年は5月25日)の頃であり、丁度韓国は三連休であった。そのため、沢山の灯籠で色鮮やかであり、大勢の人々でにぎわっていた。

  • 佛國寺: 佛國寺は、慶州に都が置かれた統一新羅時代(676-892)に創建されたとされる、韓国を代表する仏教寺院。日本でいえば東大寺が創建された時代である。慶州市街の東、吐含山に位置する(図8)。山門をくぐり緑豊かな境内をしばらく歩くと、安養門、紫霞門に出会う。この門は通常は閉鎖されているため、その脇の坂道を上がり、寺の本殿となる大雄殿に入る。大雄殿の境内には、多宝塔と三層石塔が置かれているが、後者は修理中であった。多宝塔は新羅時代の一般的な石塔と比較すると特異な形である(図9)。

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図8 佛國寺

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図9 佛國寺多宝塔

  • 石窟庵: 石窟庵は、佛國寺と同時代に築かれた。佛國寺よりさらに山奥にある。駐車場から深い森の山道を歩いて本堂へ。御堂は露出した状態で発見された石窟部分を覆うため、後世に作られたらしい(図10)。内部は撮影禁止であり、前方が四角、後方が丸い平面構造が興味深い。暗い洞の中に鎮座した釈迦如来は白く優しいお顔で美しかった。御堂は一番高所にあるため、眼下に眺める風景が気持ちいい。CAADRIAメンバー有志で修繕用の瓦を寄贈した(図11)。広場は、色鮮やかな沢山の灯籠で埋め尽くされており、フォトジェニックな風景となっていた(図12)。

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図10 石窟庵 御堂

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図11 瓦の寄贈

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図12 石窟庵 境内にて

  • 良洞村: 慶州中心部から北へ25kmに位置する、伝統民俗村。雪蒼山の麓の緩やかな丘陵地に沿うように集落がある(図13)。500年以上前の朝鮮王朝を支えた両班という官僚を多く輩出した村。朝鮮王朝時代の家屋がほぼそのままの状態で残されており、茅葺き屋根の優しい自然曲線が続く集落風景が印象的である。丘の上には瓦屋根の家、下に行くほど茅葺き屋根の家になっている。一番高所にある、孫家の庭は一般開放されており、見学させて頂くことができた(図14)。

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図13 良洞村

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図14 良洞村 孫家

 

来年、2016年のCAADRIA2016はオーストラリア・メルボルンにて!
See you in Melbourne!