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都市とITとが出合うところ 第10回 西の湖×高精細シアター型VR安土城

瑞祥新春。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
大阪府建築士事務所協会誌「まちなみ」で連載中の「都市とITとが出合うところ」第10回。今回は、近江八幡市へ。ITについて は、高精細シアター型VR安土城について。ご笑覧頂ければ幸いです。

PDF: http://y-f-lab.jp/fukudablog/files/1501machinami_FukudaFinal.pdf

安土へ
昨年7月、「大阪府建築士会 北摂」の研修旅行として「映像で蘇る安土城近江八幡の舟旅」を協働企画した。内容は、筆者とつながりのあるVR安土城プロジェクトや近江八幡のまちづくりを現地に赴いて見聞してもらおうというもの。30名ほどの定員は申込みで埋まった。当日は三連休の初日。新大阪よりミニバスで早出して安土へ。

旧伊庭家住宅
沙沙貴神社にお参りしてから、旧伊庭家住宅へ。1913(大正2)年、W.M.ヴォーリズ設計による。住友財閥の二代目総理事で別子銅山の公害問題を解決したことでも知られる伊庭貞剛の四男伊庭慎吉の邸宅として建設された。洋風の外観を持ちながら、畳敷の座敷など随所に和風建築の手法を取り入れてある。2013年8月より、市民20人による旧伊庭家住宅利用団体「オレガノ」が結成されたことにより、常時公開されるようになった。当日はオレガノの取り組みを伺った後、旧伊庭家住宅の各部屋を丁寧に解説して頂いた(図1)。

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図1 旧伊庭家住宅

高精細シアター型VR安土城
安土図書館に移動して、VR安土城プロジェクトの全貌を紹介してから、高精細シアター型VR安土城をいよいよ体感していただく。VR安土城プロジェクトについては前号でご紹介した通り織田信長が築いた安土城をデジタル復元しようというプロジェクト。前号では、タブレットスマートフォンを使って近江八幡市内12か所で体験できるVR安土城タイムスコープについて紹介した。今回は昨年3月に完成した、高精細シアター型VR安土城について(図2)。

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図2 高精細シアター型VR安土城

高精細シアター型VR安土城は大型スクリーン等にVR映像を投影して、専用のコントローラを使って天主内部、外部、城郭、城下町などの空間内を自由に行き来することができるシステム。信長や秀吉、鷹の視点など、様々な視点から体感することができる。またユーザーは、朝日に輝く天主、夏の日差しが照り付ける琵琶湖、金色の夕焼けに染まる城下町、満月と提灯で浮かび上がる安土山、と異なる4つの時間帯を選んでVR仮想空間内の散策が可能である。一方で、創建当時の安土城を舞台とした15分のショートムービー「絢爛 安土城」も制作した。

信長の人生の集大成とも言える安土城フロイスの視点から描いたあらすじは次の通り。「天正九年の夏、完成した安土城に呼ばれたポルトガル人宣教師ルイス・フロイス安土城の総棟梁を務めた岡部叉右衛門に城内を案内され、信長の待つ天主へと向かう。豪華絢爛に作られた安土城天主に目を見張るフロイスは、最上階から金色に染まる城下町を眺め、信長の力の強大さに畏怖の念を覚えるのであった。」

技術面では、VR制作フローとして、①調査・企画、②シナリオ制作・ディレクション、③現地取材・素材手配、④テクスチャ作成、⑤データモデリング、⑥プログラミング・エフェクト、⑦BGM・サウンドエフェクト・ナレーション、⑧調整・インテグレーションの順に、試行錯誤を繰り返しながら進められる。重要な点として、VRに求められるリアルタイムレンダリング(実時間に3次元データを画像化すること)を30fps以上確保しつつ、リアリスティックな表現を実現することが求められる。そのために、④テクスチャ作成と⑤データモデリングの段階で様々な工夫を凝らした。例えば、琵琶湖を含む約65km四方の範囲の地形を定義し、その中に安土城の天主、郭、城下町を配している。また、データモデリング段階でポリゴンを細かく作りこみ、テクスチャの解像度を上げると高精細なVR表現が可能となるが、リアルタイムレンダリングへの負荷が大きくなる。そのためLOD(Level Of Detail)技法を用いて表示するポリゴン数を制御した。リアリスティックな表現が難しいと言われる自然物の表現についても石垣、光、水面、城下町の集落配置、田畑、煙、星空などについて検討した[1]。

高精細シアター型VR安土城の関係者であるが、近江八幡市が製作・監修、内藤昌氏による天主復元案[2]を採用し、VR制作は凸版印刷株式会社が担当した。筆者は技術監修を務めた。

安土城
高精細シアター型VR安土城で往時の姿を仮想体験してから昼食を済ませ、いよいよ実世界の安土城趾へ(図3)。麓の安土山大手門広場ではVR安土城タイムスコープを現地体験されている参加者も。さあ大手道を登ろう。VRを観て往時のイメージがまだ残っているうちに、現実の安土城趾に足を踏み入れる。先ほどコントローラを使って仮想空間を歩いた大手道を、今度は自分の足で一歩ずつしっかりと登っていく。大手道を登りながら天主方面を仰ぎ見ると、実際には大木に覆われており見えないのだが、VRを観た後なので往時の天主の姿がしっかりと甦って来る。ショートムービーに出てくる岡部叉右衛門のセリフやBGMまでが聞こえてくる(笑)。

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図3 安土城

天主台へ登りつめると、天主の礎石が整然と並ぶ。ここからは湖国の風景が一望できた(図4)。琵琶湖の向こうには、正面には高島の扇状地(大溝城)、右へ視線をずらせると、賤ヶ岳、小谷城、長浜(長浜城)、伊吹山彦根荒神山まで。

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図4 天主台からの眺め

西の湖和船
安土町から近江八幡の旧市街(旧八幡)へ移動。今回の旅はミニバスをチャーターして移動しているのだが、ここは西の湖を和船でわざわざ横断してみよう。西の湖は琵琶湖最大の内湖。この辺りはかつて大小いくつもの内湖を形成しており安土山もかつては岬のような形状で琵琶湖に面していたのであるが、戦後の干拓事業により西の湖以外はほとんど陸地化された。西の湖は、今でも生物の貴重な生息地であり、琵琶湖のラムサール条約湿地登録エリアとなっている。

時は7月。雲行きが怪しくなり、夕立や雷を心配したが、不思議と降られず。琵琶湖周航の歌をBGMに静かな湖面を眺めながら、和船三艘で旧八幡側へ(図5)。

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図5 西の湖和船

旧八幡

近江八幡開町時、豊臣秀吉の甥・秀次が琵琶湖を往来する荷船を八幡に寄港させるために設けた八幡堀。戦後、モータリゼーションの進展と幹線道路の整備にともない物資輸送は陸上交通へと移行され、かえりみられない存在になっていった。さらに生活排水の流入もあり、次第に悪臭を放つようになってしまったが、市民有志により堀の存続と浄化が実現された。近江八幡のまちづくりの原点である。

 『近江八幡は飲んで騒いで楽しめる観光地ではありません。自然の恵みや先人達が創りだした風景や文化、今現在生活を営む人々が重なり合って醸し出す「風情」が輝く地域です。静かで小さな町に息づくこだわりや流れる時間を感じていただければ幸いです。』これは近江八幡観光物産協会が提供する観光ガイドに書かれたメッセージであり、当初、少々とっつきにくい感じがしたが、今となっては、近江八幡の奥行きを良く表しているように思う。近江八幡市は近年、交流人口が拡大している都市としても知られるが、営利目的だけの観光地化は決して目指していない。

近江商人発祥の地、そして、W.M.ヴォーリズが活動の拠点とした旧八幡。昨秋にヴォーリズ没後50年記念企画展として「ヴォーリズ・メモリアル in 近江八幡」が市民の手により開催された。今回ご紹介した建築士会ツアーはイベントの前であり、ヴォーリズ展実行委員会の方に準備の様子を伺いながら、ハイド記念館とヴォーリズ記念館(一柳記念館)を見学させて頂いた(図6)。

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図6 ハイド記念館と教育会館

ハイド記念館は、メンソレータム創業者A.A.ハイドの夫人からの寄付により幼稚園の園舎として建設された。お隣の教育会館と共に、近江兄弟社学園の一施設として今も使われている。ロングスパンの木造梁。丁度、近江兄弟社ブラスバンドが演奏中。木造ゆえか、いい音色を聞かせて頂いた。ヴォーリズ記念館は、ヴォーリズの自邸として使用された建物。木造の外壁、赤い瓦屋根、白い煙突を持つ、洗練された洋館である。

ルートと参考文献
沙沙貴神社】++<徒歩>++【旧伊庭家住宅】**<チャーターバス>**【安土図書館】**【文芸の郷】**【安土城趾】**安土やすらぎホール~~<西の湖和船>~~西の湖園地**旧八幡++【ハイド記念館と教育会館】++【ヴォーリズ記念館】(17.7km)

[1] 福田知弘,伴浩和,八木克人,西家淳朗:安土城の3次元デジタル復元を通じた高精細版バーチャルリアリティシステムの構築に関する研究, 日本建築学会・情報システム技術委員会第37回情報・システム・利用技術シンポジウム論文集(報告), 151-154, 2014.12.

[2] 内藤昌:1976,「安土城の研究」上下 『國華』987, 988号.

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大阪府建築士事務所協会誌「まちなみ」2015年1月号)