ふくだぶろーぐ

福田知弘(大阪大学 大学院工学研究科 環境・エネルギー工学専攻)のオフィシャルブログです。

Peru

GoogleMap、GoogleEarthで見るペルー

ペルーを一月ほどご紹介してきましたが如何でしたか?いくつかおまけをご紹介します。 1. ペルーでお借りしたコンピュータ。日本から持参したPCがインターネットにアクセスできる時は自分のPCを使用しましたが、使用できない時は現地のPCをお借りしました…

クスコの坂道。

クスコにはこのような坂道が沢山ある。石畳を歩きながら建物が見え隠れする風景が心地良い。 絵になる風景なので、絵も街角で沢山売られている。 街灯は建物側に設置されていることが多い。街路が狭いこともその理由だろうが、やはり日本と比べると街灯が少…

クスコ(Cusco)。

クスコはインカの都。クスコとはケチュア語でヘソを意味し、町全体が動物のピューマの形をしているといわれる。標高は3360mと富士山の八合目程度と高く、空気の薄さを感じる。高山病対策も必要で、予定通り?朝は頭痛で目が覚めた。私の場合、軽いものだっ…

乗務員がファッションショーを。

マチュピチュからクスコに帰る電車では、乗務員さんがインカの民族音楽をバックにファッションショーをしてくれました。ファッションショーをしてくれるといっても特別な電車でもなく、普通の電車です。インカの民族衣装を着て踊ったり、 アンデスの特産品、…

ワイナピチュ。

ワイナピチュ。 先日ご紹介した記事の写真一枚目、マチュピチュの背後にそびえる山がそうだ。 マチュピチュが「古い峰」という意味に対して、「新しい峰」をさす。軍事目的あるいは天文学のための観測所。入り口で名前を記述し、険しい山道をたどっていくと…

マチュピチュで見られる石。

インカの人々は、カミソリの刃一枚も通さない石組み技術を始め、石を扱う技術に長けていたといわれる。 また石を様々なシンボルとしても使っていた。インティワタナ(日時計) インカ族は、農期と関連した信仰をもち、宗教と連動する天文学と土木工学の知識を…

マチュピチュの農耕区域を中心に。

農耕区域。 段々畑のスケールの大きさには圧倒される。インカの人々は至る斜面地に段々畑を作り、生活の糧を生産していった。ジャガイモ、トウモロコシ、コカなど200種類以上の作物を栽培したといわれる。 段々畑でのんびり過ごすリャマ(Lama)。 正面に見え…

マチュピチュの居住区域を中心に。

管理人住居跡。マチュピチュの入り口より最初の住居跡を目にすることができる。農業区域の東側にある。 居住区域への入り口。本来マチュピチュの正門だったところ。 居住区域。 中央広場。石造と緑が美しい。

マチュピチュの見張り小屋から。

マチュピチュの名前は、山の名前から「老いた峰」を意味するが、遺跡の元の名は依然分かっていない。世界的にも美しいといわれる石造建造物群は、1911年北米探検家ハイラム・ビンガムにより発見された。まさに神と人間の「空中都市(スカイ・シティ)」だ。イ…

マチュピチュ(MachuPicchu)へ。

世界遺産に登録されているマチュピチュ遺跡。クスコから130km、ウルバンバ川峡谷にある。オリャンタイタンボ駅からマチュピチュへ向かう。ビスタドーム列車で所要1時間45分。列車の出発地、クスコの近隣エル・アルコ(El Arco)駅からだと3時間40分。エル・ア…

アンデスの人々など。

クスコからピサックに向かう途中の休憩所で。民族衣装を着た地元の人々とリャマ、アルパカが待っていた。「写真を撮って良いよ」というので撮らせてもらうと報酬(1sol=30円程)をくれという。年を聞いてみると、13歳と6歳で日本人よりも小さく感じた。 オリャ…

インカ時代の様式を残す村、オリャンタイタンボ。

オリャンタイタンボ。クスコから88km。インカの聖なる谷のほぼ中心に位置する。インカ時代の宿とも要塞跡ともいわれている。インカ時代の村の様式、家のスタイルを残すこの村では、インカ時代の灌漑用水路が今でも使われている。家の中を覗かせてもらった。 …

ピサック。

リマからクスコへ国内便に乗り、クスコからバスで1.5時間ほどかけて最初の訪問地ピサック(Pisaq)に向かった。国内便では、リマを離れるとすぐにアンデス山脈が迫り、6000m級の山々を眼下に見下ろすというよりは、その間を縫うように飛んでいく。クスコは標高…

リマの海岸など。

太平洋に面するリマの海岸。断崖絶壁が続く。 この15,000km向こうに日本がある。そう理解はできても不思議な感じだ。付近は寒流のため湿気は少なく、海岸沿いに砂漠が多数ある。 海岸沿いにあるミラフローレス地区(Miraflores)は新市街地で、お洒落な店舗や…

リマ郊外の遺跡、パチャカマ神殿。

パチャカマ神殿(Pachacamac) リマから南へ30kmの海岸沿いにある。太陽の神殿、月の神殿、太陽の処女の館などからなる巨大な遺跡。パチャカマ文化は600年頃ペルー中央海岸地帯に発生した文化で、のちにここを征服したインカによりパチャカマ(天地の創造者)と…

リマのまちなかにある遺跡その2、ワカ・プクヤーナ。

ワカ・プクヤーナ(Huaca Pucllana)。 200〜700年頃に栄えたリマ文明の遺跡。ピラミッドは高さ27〜28m。幅7cm×高20cmのアドベ(日干しレンガ)を積み重ねて作られている。雨が殆ど降らないので崩れないのだろうか。現在も発掘が続いており、遺跡からは土器やミ…

リマのまちなかにある遺跡その1、ワカ・ワヤマルカ。

ペルーでは今から3000年前、北部アンデスの山岳地帯、現在のワラス付近にチャビン文化が発生した。その後、モチチェ〜ナスカ〜チムーという各地で文化の移行があったのち、11世紀末中央アンデスにインカ族が出現し、新たな文化を咲かせた。そして15世紀末に…

ペルーの首都、リマ。

南米ペルーの首都リマ。南米2位の人口750万人以上が居住している。ペルーは、紀元前から古代文明も栄えた場所である。遺跡発掘には、日本人研究者も参加しているそうだ。中世、スペイン人達は黄金の都と噂される南米最大のインカ帝国を目指した。フランシス…